桃 林 閑 話 07
 
 
                                    

                    京都はテーマパーク?

 この前、用事があって嵐山へ行ったのであるが、ここはもう京都ではないかもしれない。インバウンドの観光客ばかりで、肌を露出したファッションが闊歩し、道路は車と人力車が所狭しと走る。お店は道にはみ出て土産物を並べ、「肉」と「抹茶ソフト」と書いた看板の飲食店がやたらと目立つ。どちらかというとテーマパークというのがふさわしい。平安時代から嵐山は人の生活の場ではなく遊興の地だったのだから、これはこれで現代的な解釈なのかもしれない。
 もうひとつよく似た観光地がある。東山の高台寺周辺、通称ねねの道である。こちらのほうはレンタルの着物を着た観光客が目立つ。嵐山と少し違うのは周辺の別荘や町屋が和風レストランやホテル、町屋カフェになったところであろうか。いずれにしろ京都を前面に出したテーマパークといった雰囲気が漂うこと点では嵐山と似ている。
 金閣寺と清水寺はどうであろう。金閣寺も清水寺もあくまでお寺の伽藍が見物の中心で、金閣寺の場合は門前の土産物店というイメージだし、清水寺はその参詣路の清水坂や三年坂が古くからつづく土産店が建ち並ぶところなので、テーマパークという雰囲気とは少し違うかもしれない。
 けれども嵐山も金閣寺も高台寺も、もともと京都の人はふだん行くところではなかった(清水寺は少しはお参りに行くかもしれない)。あそこは観光客の行くところで、自分たちの行くところではない、と思われていた。つまり京都は観光地と生活圏(住居と職場)が自然と区別されていた。現在でももしかすると京都市の政策では分けられているのかもしれない。
 ところが近年情況が少し変わってきたように思う。それは下京や中京の、狭い道が縦横に交差する中心部の街区にまで外国の観光客がふつうに歩くようになった、ということである。たしかに町中にホテルや町屋を改造したゲストハウスが増えたということもあるのだが、どうもそれだけではないようである。
 先日、下京のバス停でしきりにバスの案内板をのぞき込んではスマホと見比べている年配の外国人夫婦と出会った。よく見ると男性の手に朱印帖が握られている。それに興味をもってどこに行くのかと尋ねたら、ここに行きたいといってスマホの画面を見せてくれた。それは「仲源寺」という寺で、京都の人でも知っている人は限られるかもしれない。あるいは通称の「目病み地蔵」のほうなら、ああと思う人がいるだろう。南座から東へ祇園の方に少し歩いたところにある小さい町堂である。小さいお堂ではあるるが、古くから眼病の平癒を祈願するお堂として地元の人にはよく知られた場所である。それと、かつて高台寺の地にあった桂橋寺の旧仏で平安時代の十一面観音坐像が境内の収蔵庫に安置されていて、これもいつでも参拝できる。民衆信仰の色濃い場所である。こんなところにまで興味を示す観光客(しかも外国の)が出てきたのは、ちょっと驚きではあったけれど、悪いことではないと思った。
 観光客の祇園祭の山鉾見物は、以前なら市役所前の有料観覧席と相場が決まっていたが、現在では宵山のある四条烏丸周辺や、巡行する山鉾を通りで見る、という人がぐっと増えた。こちらのほうが風情があるし、迫力もある。そのほかにも六角堂、それに因幡堂といったビルに囲まれた庶民信仰のお堂も人気がある。もっとも因幡堂は「猫の寺」として知られているらしいけれど。町屋や路地にも人が入ってくるし、隠れたお店とか喫茶店も人気がある。これらはもともと京都に住んでいる人々の信仰場所であり、食事をしたり買い物をしたりするところだったのだけれど、そういう「京都風」の空間が求められている。要するに従来の観光地と生活圏との境界が薄れたのである。
 観光客と住民のトラブルの危険性はもちろんあるのだが、いまそれを差し置いても京都の真ん中までテーマパークになるのは御免だな、と個人的には思っている。下京区・中京区のこの地域は江戸時代からつい五十年程前まで呉服(着物)の一大集積地で、その経済力が地域の繁栄を支えてきた。祇園祭の山鉾はその経済力で生まれたものである。ところが今や呉服産業の凋落は目に見えて明らかである。そしてそこで余った、かつての問屋や関連する店舗であった町屋は改装されたり壊されたりしている。大規模なものは更地にしてマンションに、小さいものはそのまま改装してゲストハウスになる。けれども市街部に観光客が来るようになって、それらは飲食店や土産物店になることが増えたと思う。土地の付加価値が上がれば、町屋が売られ、その傾向がいよいよ増すのではないか。このままいけばほんとうにテーマパークになりそうで、それが怖い。
 もう一度、ふりかえってこの問題を考えてみる必要があるように思う。京都に来る人だって、テーマパークがよいと思っている人ばかりではないと思う。
                                         (2025年9月15日)
 
                         ■■桃林閑話の目次■■
 
                           ○○塾長紹介○○
                         ■■往還塾のページに戻る■■