桃 林 閑 話 05 |
日本人の住宅感覚と京町屋 日本人には、住む家は新しいものがよい、という感覚が昔からある。それは建築素材が主として材木であったことによるのかもしれない。たとえば、神社建築に意外と古いものが残っていないのはその顕著たるもので、最古の神社建築といわれるものでも十二世紀の宇治上神社の本殿があるくらいである。これは、八世紀の法隆寺に代表されるように古い建物がそのまま残る仏教寺院と比べると大きな違いである。神社の代表格ともいえる伊勢神宮では、神の住まう神殿は二十年ごとに造り替える。すなわち遷宮を行う。つまり神様には常に新しいものを奉仕するという考えが基本としてあるからである。ただし古い様式をそのまま踏襲するから、一見古い建築のようなイメージがするだけである。これはほかの多くの神社でも同じことで、現存する上下賀茂神社の本殿は江戸時代末期のものである。時代の変遷とともに建物を造替する経済基盤を失ったために、社殿がそのまま残り、いつしかその社殿が文化財として評価されると、もはや建物を造り替えることもできなくなる。現在でも遷宮は行われるが、それは屋根の檜皮を葺き替えることを以て造替遷宮に換えている。 現実に人が住む住居になるとその傾向はもっと著しい。一九七〇年代まで京都の経済基盤であった繊維業、なかでも下京室町の呉服問屋街は、その高度成長時代に木造の町屋建築から次々と鉄筋のビルに造り替えられていった。周知の通り、室町の問屋は職住一体の住様式をもつ町屋建築であったが、冷蔵庫やキッチン、クーラーなどの生活様式の変化や、従業員の福利厚生、車社会への対応、といった社会変化にともなって、町屋はむしろ積極的にビルに造り替えられたのである。それは社会全体の要請であったし、流行でもあったから、当然町屋を壊すことが顧みられることはなかったと思う。 わたしは少し前まで、歴史系または文化財系の大学に勤めていた。学生にあなたは新しい家か古い家かのどちらに住みたいですか、と質問すると、古い家の方がよいという学生が半数を超えるようになった。けれどもこれはつい近年のことで、しかもわたしが勤務した大学の性格に依るところが大きい。歴史系ではない大学だったら、圧倒的に新しい家がよいにきまってるじゃないか、といわれたに違いない。京町屋とか古建築が見直されるようになったのは、歴史的に見ればつい最近のことで、それまでは顧みられることなく、壊されてきた歴史の方がずっと長い。金閣が歴史的な名建築かどうかは措くとして、当時はかなり奇抜な建築であったに違いない。これがたいせつに残されたのは、足利義満が権威の象徴として造った黄金の奇抜な建築であったからで、もしふつうの人々の住宅だったら、こんなふうには残らなかったはずである。一般にふつうの民家ほど残されない。つまり、現在の古民家ブームはかなり例外的な現象ともいえる。むしろ歴史的に古いものを尊重する時代風潮の中で、そこに住んでみたいというあこがれと、それにともなう生活スタイルの変化があったのではないだろうか。 現代の下京の中心部、ビル化された旧室町街にあって、指定文化財として残された町屋はいずれも意図的に残されてきたものである。重要文化財になっている杉本家住宅は大学の教授であった当主が意識的に残したものであるし、市指定文化財の長江家住宅は、これも当主が自分の日常の住空間とは区別して意図的に保存されたものである。つまりそうした意思がなければ町屋は良好な形では残らなかった、ということである。両町屋はともに一般に公開されているが、それは逆にいうと生活空間としての町屋の機能は失っているということでもある。 生活空間をともなう町屋が残っているのは、実は同じ下京でも中心部を囲んだその周辺に多い。文化財には至らない、住みやすいようにあちこち改変しながらも残された町屋、あるいは経済的に修復がならずそのまま傷みながらも使っている町屋が比較的たくさん残っている。けれどもこうした町屋がたいせつなのは、ある程度地域的にまとまってあって景観をつくっていること、そして何よりも生活する住人があって生活文化があり、町内組織が残っているからである。ひとつひとつの町屋建築を文化財として残すことも大事かもしれないが、町屋での生活を維持するのもりっぱな文化だと思う。本来はこうしたいわば生活臭のある京町屋を残すことのほうが、京都の景観だけでなく文化的にもずっとたいせつなことだと思う。 けれどもこうした町屋の存続はきわめて危うい。というのもひとつには将来必ず起こる修理時の、費用や業者の問題で、多くの場合には旧来の町屋工法を選ばず、値段の安い一般的な新建材を使用するからである。全面的な建て替えだとなおさらのことで、わざわざ木造の町屋で建て直すなんてことはまずない。さらにもうひとつは代替わりである。このところの京都ブランドによる地価上昇にともなって、子どもが相続するにしても相続税の負担が重いし、売却すれば更地になってマンションや商業施設になのがおちである。そんなわけで京町屋は着実に減っている。そう遠くない将来、生活する町屋はなくなるのでないか。それでも現在のところ町屋が残っているのは景観法とか文化財保護法といった法律ではなく京都市の施策でもなく、生きている間はこうしてここに住みたいという、居住者のいわば意地と意志、そしてそれにともなう努力と行動といった、どちらかといえば住民の善意に依存しているところが大きい。 (2025年4月8日) |