桃 林 閑 話 01
 
 
                                    

                京都の都市改造

 有賀健氏の『京都−未完の産業都市のゆくえ−』(新潮選書、2023年9月)を読んだ。経済学者としての京都近代化の未完(失敗と現状)、その分析を基礎とした提言が述べられている。

「古い町並み」「京料理」「景観保護条例」といった地元の「洛中」礼賛一辺倒に疑問を呈した本、との評判で読んでみた。繊維産業の破綻による市街部の凋落と人口流失、反して「南西回廊」という電機精密工業会社の台頭と住宅地開発、交通網の未発達、観光業との軋轢、土地の高騰など、私の個人的な経験でも思い当たるところがあって、事実としては概ねそのとおりかと思った。

 けれども、いろんな点で反論がある。すべてに関しては述べる余裕もないので、ここではとりあえず最後の提言について疑問点を述べたい。
 それは、市街部(著者のいう「田の字地区」)の景観保護政策を解除して、高層建築を建てること、道路の拡張を実施して、町屋は移築保存する、というものである。これについてふたつの点から、反論したい。

 ひとつは、京都の町のコミュニティーの問題である。車が一方通行でしか走れない狭い京都の町並はたしかに交通の阻害をきたしているかもしれないが、あの狭い道路はそれを挟んで両側町とよばれる自治組織をつくってきたし、その組織を行政は統治に利用してきたところがある。これは江戸時代以来の組織を紆余曲折を経ながら現在もつづいている。それが景観だけでなく、それを基盤に独自の風習や文化をつくっでおり、京都の魅力になっている。たとえば祇園祭の山鉾がこの町単位で運営されているのはその好例である。おそらく街路を拡げることは、その町組織を壊すことになるし、地元も納得しないであろう。都市計画として町並みを自由に設計できるという考えはあまりにも上からの目線で、実際、行政側としても受け入れないであろう。

 もうひとつは、街路拡張に障害となる町屋は移転して保存すればよい、という発想である。町屋は京都の住人の生活空間そのもので、単なる建物ではない。風習や文化が生まれている場所である。風習や行事も重要な文化財であることはいうまでもない。ちょうど神官や僧侶のいない神社や寺院がもう神社や寺院でないのと同じである。住民がいる町屋ではもちろんもめごともあるであろうが、それでもそれを調停し、そこに京都独自の風習と文化が生まれている。たしかに近代的なビルが増え、町屋が入り乱れた景観になっているとはいえ、町組織と風習は残っている。さらにその町屋を保存するにしてもその数は膨大で、先に述べたようにそこには住民の生活がある。それをそのまま移転するのは無理であろう。

 著者は「観光業」ということばを使うが、それを成り立たせているのは京都文化の魅力であろう。その魅力がテーマパークと違うのは、歴史的なものを基盤にして現に生きているからである。そしてその魅力を最初に発見したのは、大多数の観光客ではなく、ほんの少数の知識人や趣味人であったことは忘れてはならない。「観光業」はひとにお金を落とさせる産業であるが、その資産である「観光」はもともと人間の主体的な発見と感動といった感性からできているからである。その原点の資産を失ってしまうと、けっきょくは「観光業」もたいせつな資産をなくしてしまうことになりかねない。富士山を登りやすくするためにドライブウェイを山頂まで造ったら、たしかに便利にはなるだろうが、その美しい姿がだいなしになってしまうのと同じである。
 
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